王様を欲しがったカエル
作家・シナリオライター・編集者を兼任する鳥山仁の備忘録です。
Entries
TRPG用小説(6)
- ジャンル : 小説・文学
- スレッドテーマ : ファンタジー小説全般
精霊は飛び回っていた時とは比較にならないほど質量があり、少年が左脚に力を込めて地面から持ち上げようとしても微動だにしなかった。黒衣の男はナシルの動きを封じたと見るや、固着した精霊達を右腕から外し、ゆっくりと少年に向かって歩いてくる。
「来るな!」
ナシルの髪の毛が逆立った。男は少年の絶叫を無視して、彼の手足が届かない距離で歩を止める。
「君には再教育が必要だ。真実を知るためには、今まで劣った人間から教わった、誤ったものの考え方を捨て去る必要がある」
「近づくな! 人殺し!」
ナシルはわめきながら、まだ動かすことの出来る両腕を振り回した。しかし、間合いを見きって立ち止まった男には、少年の拳はかすりもしない。
「君は心を真っ白にして、真実を受け入れなければならない」
黒衣の男は今にも折れそうな細い腕を振り上げ、拳をナシルの顔面にたたき込んだ。骨がぶつかる鈍い音と同時に、少年の両目から涙がこぼれ落ちる。
「痛い!」
「これは教育だ。君が新しく生まれ変わるために、敢えて痛みを感じさせているのだ」
「畜生!」
ナシルは泣きながら安全な場所に立っている男に罵詈雑言を浴びせかけようとした。しかし、男は再び振り上げた拳を、今度は少年の鼻を正確に狙って突きだした。
衝撃によろめいたナシルの鼻から赤黒い血が流れ出した。口の中に生臭い鉄の味が広がってくる。息ができず、思わず口を開くと、続いて振り下ろされた男の腕が柔らかいみぞおちに吸い込まれていく。
ナシルは前屈みになって、乾いた地面に吐瀉物をまき散らした。少年から抵抗する力を奪ったと判断したのか、黒衣の男が片手を振ると、ツタ状に凝固していた黒い精霊達が一斉に散って、どこかへと消えていった。
鼻を血でふさがれ、口を胃液でふさがれて息もできないナシルには、ただ地面にうずくまってうめく以外の選択肢が残されていなかった。彼を殴りつけた男は貫頭衣を掴んで少年を引きずり起こし、目の前にある家の扉を開けて中に侵入した。
それから、脳内を精霊にかき回されたせいで痙攣を続ける両親の死体の前に立たされたナシルは、黒衣の男から「古い因習を捨てるための教育」を受けた。その内容は、両親の死体を自分の手で殴りつけ、男に対して、
「お父さん、お母さんを殺してくれて、ありがとうございます!」
と大きな声で礼を述べるというものだった。
ナシルが少しでもためらいを見せると、男は容赦なく少年の顔や腹を殴打した。こうして、長時間に亘って男から暴行を受けたナシルは、自力で立っていることができないほどの重傷を負って意識を失った。
瀕死のナシルが息を吹き返したのは、村から離れた城下町の修道院で、事件が起こってから数日後のことだった。惨劇の翌日に村を訪れた本物の修道僧に発見された少年は、すんでの所で命をとりとめた。だが、幼い肉体は殴打によって、あちこちを壊されていた。特に酷かったのが頬骨で、繰り返し衝撃を受けたために内側へと凹み、口が大きく開けなくなっていた。
しかし、それ以上に深刻だったのが心に刻まれた傷だった。ナシルは眠りにつくたびに、黒衣の男に殴られる悪夢にうなされ、絶叫と共にベッドから飛び起きるようになった。
修道僧達は全力を尽くして少年の治療に当たったが、外面の怪我は時間と共に癒えても、内面の怪我はまったく治らなかった。少年は明け方になると、決まって両手両脚をばたつかせながら、
「お父さん、お母さんを殺してくれて、ありがとうございます!」
と、殴打によって開かなくなった口を精一杯広げて泣きわめいた。その、あまりに陰惨な光景を見かねた修道院の総長が、入眠効果のある薬草を煎じた湯をナシルに与えると、両親を失った子供は再び目を閉じて、今度こそ深い眠りに落ちるのだった。
(chapter1終了)
「来るな!」
ナシルの髪の毛が逆立った。男は少年の絶叫を無視して、彼の手足が届かない距離で歩を止める。
「君には再教育が必要だ。真実を知るためには、今まで劣った人間から教わった、誤ったものの考え方を捨て去る必要がある」
「近づくな! 人殺し!」
ナシルはわめきながら、まだ動かすことの出来る両腕を振り回した。しかし、間合いを見きって立ち止まった男には、少年の拳はかすりもしない。
「君は心を真っ白にして、真実を受け入れなければならない」
黒衣の男は今にも折れそうな細い腕を振り上げ、拳をナシルの顔面にたたき込んだ。骨がぶつかる鈍い音と同時に、少年の両目から涙がこぼれ落ちる。
「痛い!」
「これは教育だ。君が新しく生まれ変わるために、敢えて痛みを感じさせているのだ」
「畜生!」
ナシルは泣きながら安全な場所に立っている男に罵詈雑言を浴びせかけようとした。しかし、男は再び振り上げた拳を、今度は少年の鼻を正確に狙って突きだした。
衝撃によろめいたナシルの鼻から赤黒い血が流れ出した。口の中に生臭い鉄の味が広がってくる。息ができず、思わず口を開くと、続いて振り下ろされた男の腕が柔らかいみぞおちに吸い込まれていく。
ナシルは前屈みになって、乾いた地面に吐瀉物をまき散らした。少年から抵抗する力を奪ったと判断したのか、黒衣の男が片手を振ると、ツタ状に凝固していた黒い精霊達が一斉に散って、どこかへと消えていった。
鼻を血でふさがれ、口を胃液でふさがれて息もできないナシルには、ただ地面にうずくまってうめく以外の選択肢が残されていなかった。彼を殴りつけた男は貫頭衣を掴んで少年を引きずり起こし、目の前にある家の扉を開けて中に侵入した。
それから、脳内を精霊にかき回されたせいで痙攣を続ける両親の死体の前に立たされたナシルは、黒衣の男から「古い因習を捨てるための教育」を受けた。その内容は、両親の死体を自分の手で殴りつけ、男に対して、
「お父さん、お母さんを殺してくれて、ありがとうございます!」
と大きな声で礼を述べるというものだった。
ナシルが少しでもためらいを見せると、男は容赦なく少年の顔や腹を殴打した。こうして、長時間に亘って男から暴行を受けたナシルは、自力で立っていることができないほどの重傷を負って意識を失った。
瀕死のナシルが息を吹き返したのは、村から離れた城下町の修道院で、事件が起こってから数日後のことだった。惨劇の翌日に村を訪れた本物の修道僧に発見された少年は、すんでの所で命をとりとめた。だが、幼い肉体は殴打によって、あちこちを壊されていた。特に酷かったのが頬骨で、繰り返し衝撃を受けたために内側へと凹み、口が大きく開けなくなっていた。
しかし、それ以上に深刻だったのが心に刻まれた傷だった。ナシルは眠りにつくたびに、黒衣の男に殴られる悪夢にうなされ、絶叫と共にベッドから飛び起きるようになった。
修道僧達は全力を尽くして少年の治療に当たったが、外面の怪我は時間と共に癒えても、内面の怪我はまったく治らなかった。少年は明け方になると、決まって両手両脚をばたつかせながら、
「お父さん、お母さんを殺してくれて、ありがとうございます!」
と、殴打によって開かなくなった口を精一杯広げて泣きわめいた。その、あまりに陰惨な光景を見かねた修道院の総長が、入眠効果のある薬草を煎じた湯をナシルに与えると、両親を失った子供は再び目を閉じて、今度こそ深い眠りに落ちるのだった。
(chapter1終了)
0件のコメント
コメントの投稿
0件のトラックバック
- トラックバックURL
- http://toriyamazine.blog.2nt.com/tb.php/212-8271546c
- この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)