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高嶋ぽんずさんの短編を解析する(文章技術解析)・1

 ツイッターで仲良くしていただいている、高橋ぽんずさんから「自作の短編をガチでチェックして欲しい」という依頼があったので、このブログでやってみます。というよりも、長さからいって、ツイッター上では不可能でしょう。

 依頼をいただいたのは『蜘蛛の糸異聞―カンダタ地獄行―』で、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』をベースにした二次創作です。

 基礎情報として、ベースとなった蜘蛛の糸は約3000字の作品、ぽんずさんの二次創作は約1500字の作品だということを覚えておいて下さい。つまり、原作の方が約2倍の文字数があります。

 まず、チェックの手順ですが、文章技術を解説した上で、ストーリー面を考察するという序列で行います。理由については、追々分かると思います。

 次に、私自身の校正・校閲に対するスタンスですが、作家としても編集者としても「大好き」です。つまり、文章は印刷所に入稿する直前まで、何度でも直すべきだという立場の人間です。たとえば、来月に発売になる『ネクロノミコン異聞』は、編集さんとのやりとりをしている間に、細部修正も含めて11回は直しています。

 以上の条件を踏まえた上で、精査の対象となる文章を読んで下さい。




蜘蛛の糸異聞―カンダタ地獄行―

「くそったれが」
 男は、地獄の天井から垂れ下がる蜘蛛の糸を上りながら、歯を砕かんばかりに噛みしめた。ぎりぎりと歯の根がきしんで、顔が憤怒のシワで歪む。
 男が上ってきた蜘蛛の糸の先には、慈愛の笑みを浮かべた釈迦尊が、じっと彼を見つめていた。か細い蜘蛛の糸にすがりつき、必死にのぼる様を、童を思わせる純粋で残酷な瞳で凝視していた。
 これから起きようとしている何か。
 それを純粋に望んでいるのだ。
 渇望しているのだ。
 男は糸をのぼるのをやめて、幾度も下を見て上を見た。
 下からは、大量の地獄の亡者が積み重なり、山となって男の後を追ってくる。それは、あまりの馬鹿馬鹿しさに笑い出したくなるぐらいの、数だった。
 糸がなくても、その高さだけで天井に届くのでは、と思うほどだ。
 幾千、幾億の亡者の怨唆の声が空気を震わせ、山から崩れ落ちる亡者の哮りの声が、魂を怯えさせる。
 男はその光景をみて、糸の先にいる釈迦尊がいったい何を望んでこんなことをしてるのかを理解した。このまま糸を伝って天井に上がれば、亡者は自分の後を追って天井にたどり着き、現世にあふれかえることになってしまう。
「やっぱりそういうことだったのかよ! 釈迦よぉっ! てめぇ、なに考えてやがる!」
 そして、腹の底から叫んだ。
 届くかどうかなんて関係ない。喉が裂け、血を吐くほどの声で訴えた。
 亡者の苦しみが音の壁となって、音の声が釈迦に届くのを許さない。それでも、関係なかった。叫ばずにいられなかった。
 それは、いくら彼でも――否、これまで地獄をみてきた彼だからこそ、許されないことだった。
「カンダタよ」
 天上から地獄へ、釈迦の声が響いた。
 その瞬間、地獄が静寂に支配された。
 亡者の轟きも、すべて止んだ。
 地獄が、釈迦の声を聞き逃すまいとしているかのようだ。
「カンダタよ、お前は気にせず糸をのぼるのだ」
「は?」
 男、すなわちカンダタは言葉を忘れる。
――こいつは、この男は何を言っている。気にせず上がれ、と。そう言ったのか?
――自分が地獄から現世に戻ることで、なにがおきるのか分かっていてそんなことを言ったのか?
――現世に、亡者があふれかえることになるんだぞ?
「仁を捨て、義を見失い、礼を学ばず、智を持たず、忠を嘲り、信を忘れ、考を止め、悌を貶めてきたお前が、何を戸惑う。何を悩む。お前はただ、自分の欲望のまま、為したいことを為すのだ。それが私の望みでもあるのだから」
「てめぇっ!! それでも仏かよ!! こいつらが現世に戻ったらどうな」「わかっている、わかっているとも、カンダタ。お前が分かっていることが、私に分からぬわけがない。だが、それでも気にする必要はないのだよ、カンダタ。上がれ、現世に戻り、為すのがお前の宿命だ」
 カンダタは絶句した。
 それが仏の為すことか。
 ぞわ……と、全身の毛が逆立った。
 怒りで目の前が血の色に染まっていく。
「釈迦……俺は、てめぇの言いなりにはならねぇ」
 うつむきながら、呟く。食いしばった歯から、血がにじむ。
「よくきけ釈迦ぁっ! 俺はてめぇの言うとおりにはしねぇ! 俺は天に唾はく男だ!」
「カンダタ……貴様……貴様ぁっ!」
 釈迦の怒号が響いた。カンダタがやろうとしていたことを、はっきり理解したのだ。
「だから俺はこうする」
 いつの間にか、這い上がってきた亡者が、自分の足をつかんだとき、思いっきり蹴落とした。
 瞬間、蜘蛛の糸が切れ、カンダタは落ちていく。地獄へともどっていく。
「カンダタ、貴様ぁ!」
「そうさ! 釈迦! 俺はてめぇの言いなりにだけは絶対ならねぇ!」
 カンダタが落ちていく。姿も亡者の中に隠れ、見えない。
 ただ、声だけが釈迦の耳に届いた。
「覚えておけ釈迦! 地獄からもどってきて、必ず貴様を殺してやる! もう一度言う、覚えておけ!」
 釈迦は、すっと立ち上がり、蓮の池に手をかざす。
 見えていた地獄が、すっと消えて、池の水面になる。
「くくくっ……カンダタめ……私の恩を踏みにじりおって……」




 最初に、この短編の総評ですが、特に破綻はなく、良くできています。ただし、これは読み直した時の評価で、一読して最初に抱いた感想は「短編だという前提条件でも情報量が少ない」というものでした。

 といっても、情報にも重要度があります。ここでは、作品を読者が理解するために、最低限必要とされる基礎情報と、それ以外の副次情報の2つに分けて考えます。

 基礎情報とは、5W(誰が、何を、いつ、どこで、何故したのか)、というものです。小説は全てを文章=文字で表現する以上、これらの基礎情報ができるだけ文頭に来ることが望ましい、とされています。そうしないと、読者が頭の中で状況を組み立てられないからです。

 ベースである『蜘蛛の糸』では、オープニングのたった二行で、

 ある日の事でございます。→いつ
 御釈迦様(おしゃかさま)は→誰が
 極楽の蓮池(はすいけ)のふちで→どこで
独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました→何をした

 と、5Wのうちの4つまでが埋まっています。これに加えて4行目には、

極楽は丁度朝なのでございましょう。→いつ

 と、駄目押しの時間情報まで入れています。芥川は短編の名手ですから、これぐらいはお手のものでしょう。

 一方のぽんずさんはというと、

 男は→誰が
 地獄の天井から垂れ下がる蜘蛛の糸→どこ
を上りながら、歯を砕かんばかりに噛みしめた。→何をした

 同じ行数で3つまで入っています。ただし、主人公は「男」という名詞(体言)で表現されており、具体的な誰かが分からないように、スクリーンが張られています。だから、読者に提示されている基礎情報は、実質的に2つのみです。

 この段階で、情報を出すスピードは、芥川の方がぽんずさんより2倍早い事になります。ツイッターで小林信彦について呟いたとき、ちょろっと説明したスピードの問題がここで出てきます。文章が上手い作家というのは、ほぼ例外なく、この基礎情報を突っ込んでくるタイミングが早く、それほど隙間を空けません。

 ここからは問題点の指摘になるんですが、ぽんずさんの作品では、最後まで「いつ」が明示されません。地獄に日時の概念がないのであれば、その旨を明記すべきで、ここは情報を欠落させて読者の想像に任せる部分ではないのでマイナスです。

 話を元に戻しましょう。

 前述のように、ぽんずさんは主人公を「男」として、誰なのかは明示しませんでした。ただし、彼は理由もなく主人公を「男」にして、最初からスローダウンな展開にしたのかというと、実は違います。わざとスクリーンを張って、この「男」が誰かを分からなくしているわけです。

 もちろん、この作品が『蜘蛛の糸』の二次創作である以上、「男」の正体がカンダタであることが、読者にも予測されているのは重々承知でしょう。じゃあ、何で文章速度を落としてまで、わざわざカンダタにスクリーンを張ったのか?

 その答えは2つあります。1つは「蜘蛛の糸を昇るシーンが詰まらない」からです。これは、ぽんずさんが悪いわけではありません。かなり意図的にやらない限り、誰が書いても「蜘蛛の糸を昇るシーン」は起伏が無くて詰まらなくなるでしょう。だから、敢えて「男」という名詞を使い、主人公がカンダタと特定させないことによって、読者に欠損情報を与えて興味を惹く手法を使っているわけです。

 こうした手法は、ミステリやホラーで頻繁に使われるもので、ぽんずさんがどちらか、あるいは両方のジャンルファンであることがうかがえます。ただ、前述のようにぽんずさんは謎解きの要素として「男」という単語を使っているわけではありません。

 にもかかわらず、どうしてわざわざ「男」という単語を最初に持ってきて、カンダタと特定させないかというと、ここからが2つめの理由になるんですが、場面転換、あるいは場面の切り替えに「カンダタ」を使うつもりがあるからなんですね。

 具体的に見ていきましょう。

「カンダタよ」
 天上から地獄へ、釈迦の声が響いた。
 その瞬間、地獄が静寂に支配された。
 亡者の轟きも、すべて止んだ。

 ぽんずさんの小説は、ここで場面の切り替えを行っています。そして、それまで不明確だった、お釈迦様とカンダタの関係性が明らかになっていく……というシークエンスに繋がります。つまり、ここも「謎解き」の構成になっているわけです。

 それでは、続いて元ネタになっている芥川の小説を見てみましょう。

 こう思いましたからカンダタは、早速その蜘蛛の糸を両手でしっかりとつかみながら、一生懸命に上へ上へとたぐりのぼり始めました。
(中略)
そこで仕方がございませんから、まず一休み休むつもりで、糸の中途にぶら下りながら、遥かに目の下を見下しました。
(中略)
 ところがふと気がつきますと、蜘蛛の糸の下の方には、数限もない罪人たちが、自分ののぼった後をつけて、まるで蟻の行列のように、やはり上へ上へ一心によじのぼって来るではございませんか。

 これを要約すると、

 カンダタが蜘蛛の糸を昇る→疲れて休みながら下を見る→罪人がのぼって来る

 という一連の行動になります。そして、芥川の小説では、この行動が場面切り替えの役割(繋ぎ)を果たしています。この間に芥川が使っている文章量は、句点換算で10行。ぽんずさんの4行に比べると、2.5倍になります。文字数換算にすると、もっと多いでしょう。

 ここで、文章速度の逆転が起きています。ぽんずさんの小説に比べると、芥川の原文は、わざわざ文章速度を落としているわけです。それでは、どうしてここで芥川の速度が落ちているのか?

 その答えは、やっぱりぽんずさんと一緒で「蜘蛛の糸を昇るシーンが詰まらないから」なんです。要するに、芥川は「蜘蛛の糸を昇る」という行動描写が、ストーリー上平坦になってしまうのを見越して、ここで場面転換を行うつもりで、予め文章を組んでいるわけです。

 じゃあ、何で芥川の小説は、わざわざ詰まらないと分かっているシーンで、ぽんずさんの2倍も文章量が多くなるのか? その答えは「アップダウンのない平坦なシーンで、物語上それほど重要ではない、副次的な、あるいは雰囲気を読者に伝えるための情報を盛り込むから」です。
 これも、具体的に見ていきましょう。

元より大泥坊の事でございますから、こう云う事には昔から、慣れ切っているのでございます→カンダタの生前に獲得したスキルの説明
地獄と極楽との間は、何万里となくございます→地獄と極楽の距離説明
血の池は、今ではもう暗の底にいつの間にかかくれて居ります→血の池が見えなくなったという視覚情報
ここへ来てから何年にも出した事のない声で、「しめた。しめた。」と笑いました→カンダタが地獄に堕ちてから、声を出して笑ったことが何年もないというプロフィール

 このように、直接的にストーリーとは関係がないけれど、読者に投げておけば想像力が膨らむ情報を入れているわけです。もしも、これらの情報をストーリー上重要なシーンに挿入すると、情報過多で読者の意識が散漫になってしまいます。だから、どうでも良いシーン、繋ぎに使うシーンで、雰囲気作りに一役買うような情報を盛り込むため、結果として「一見するとどうでも良いシーンが膨らんで長くなる」んです。

 これも、ツイッター上で述べたことですが、文章の上手い作家は、行動描写でシーンの切り替えを行うのが得意です。また、これはツイッターで話をしていない事ですが、その際に小説の世界観を膨らますための副次的な情報を突っ込んで、文章量そのものはスペクタクルなシーンよりも長くしてしまいます。

 ちなみに、文章技術がワンランク落ちる作家は、ここで世界設定の説明やうんちくを入れてきます。効果に関しては上位の文章技術と一緒ですが、行動描写の数が減り、それに伴って情景描写も抜けるため、雰囲気作りにはそれほど役に立ちません。

 どちらにせよ、これらの技術の狙いは一緒で「ストーリーをぶつ切りにさせない」事にあります。

 古代の物語が詩編か寓話だったように、文章技術がそれほど高くない時代の文章創作は「細切れ」になる傾向がありました。つまり、シーンとシーンを「繋ぐ」ための文章技術が稚拙なんですね。だから、Aというシーンが語られると、何の前触れもなく次のシーンに突入してしまう作品の方が多いわけです。

 それでは、ぽんずさんのこの点における技巧はどうかというと、これは前述したとおり「前振りとして謎を提示しておいて、その答えをシーンの切り替えで提示する」という方法を採用しています。シーンの繋ぎに用いられる文章技巧は、作家がかなり意図的に変えない限り、簡単に変更がきかないものなので、間違いなくぽんずさんは他の作品でも同じ方法を多用しているはずです。

 この方法のメリットは、これも前述のように「謎を提示することで、読者の興味を惹く」事にあります。その反対に、デメリットは「繋ぎとして情景描写や行動描写を使う回数が減るので、これらの描写文が作品にとってデッドウェイト(お荷物)になる」というものです。

 それでは、続いてこの点に関する考察をやっていきましょう。

(続く)

6件のコメント

[C4330] ブログでははじめまして

Twitterでも伝えたのですが改めて。
高嶋ぽんずです。

ここまで分析し、わかりやすく書いていただけるとは思ってもいないことでした。
まさに望外のことです。
全くもって有り難い限りで、どれほどの言葉で礼をすればいいのかと思っています。
この分析、評価は有効に活用し、小説を書いている友人たちの糧としたいと思います。
同時に、次の分析と評価も期待してお待ちしております。
  • 2011-06-25
  • 投稿者 : 高嶋ぽんず
  • URL
  • 編集

[C4331]

小説も映画と同じなんだなあというのが感想です。分析的に読んだことはないのである意味幸せかも。小説の手法もハリウッド的教科書になりそうですね。
  • 2011-06-25
  • 投稿者 : 煉獄
  • URL
  • 編集

[C4333] 二次創作だとこんなでいーのかも?

 二次創作には元ネタっつー巨大な情報源が前提とされる関係上、その作品自体の情報は少なくていい、時には少なくあるべきってのもあるんですよね。

 ただ、それが当たり前の二次創作思考が染み付くとすんごいコトになるワケです。
 以前二次創作はいかに元ネタに依存してるかを説明するタメに、

 ヘッドホンステレォをつけた少年が集合住宅の扉を開いた。玄関に入った少年にビシりと指が突きつけられ、少女が声を上げた。
「あんたバカぁ?」

…たったコレだけで少年が碇シンジ、少女が蒼龍・アスカ・ラングレン。二人はともに14才で、人類の命運を握る巨大ロボの操縦者にしてクラスメイトである。その他諸々って情報がサクっと伝わるんですよ。元ネタ知らなきゃそんなことワカらんでしょ?と言ったんですネ。
 したら帰ってきた返事がすごかった。
「ワカらないのは想像力が足りません」…ですって。
 むろん、次のレスはしませんでした。ムダですもんね(汗
  • 2011-06-25
  • 投稿者 : 電気屋
  • URL
  • 編集

[C4335] 高嶋ぽんずさん

たまには真面目なことをしないと腕が錆び付くんで、感謝は結構です。私の方も、書くことで良い勉強になってますから。
  • 2011-06-26
  • 投稿者 : 鳥山仁
  • URL
  • 編集

[C4336] 煉獄さん

映像の「文法」(といって良いのかな?)はそれほど興味がないので、文章技術と比較した事はないんですよね。映画を見るときは、主にシナリオの出来不出来に目がいってしまいます。そう言う意味では、映像を楽しんでないかもしれないですね。
  • 2011-06-26
  • 投稿者 : 鳥山仁
  • URL
  • 編集

[C4337] 電気屋さん

私自身がそれほど二次創作をするタイプの書き手じゃない(コラージュは好きですが)ので、パロディ小説のスタンダードについてはちょっと分からないんですけど、基本的に副次情報を減らすことに対しては否定的です。

その理由に関しては、次の解析で述べます。
  • 2011-06-26
  • 投稿者 : 鳥山仁
  • URL
  • 編集

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Author:toriyamazine
東京都出身。
高校在学中にライターとしてデビュー。
以降は編集者・ライター・ゲームディレクター・実写アダルトDVDの監督、そして作家を兼任。
仕事はSMポルノ関係全般で、小説、ゲーム、実写etc、アニメーションを除くすべてのポルノ作品を平行して制作。年間発表数は約6作品前後がコンスタント。
一般作に関しては、別名義、もしくはアンカーマンとしてのみ参加中。

追記・最近になってメールで連絡が取れないという非難が多く聞かれるようになったので、仕事用のアドレスを公開しておきます。
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