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謎の定型発達者

 発達障碍関連のツイートから定型(正確には定型発達者)という単語が頻発されるので、気になってチェックを始めたのだが、どうにも納得のいく説明が得られない。

 まず、定型発達者というのは、この定義に従うのであれば「年齢に応じた段階的な発達をした人間」らしいのだが、この「段階的な発達」が怪しい。この理論に従えば、定型発達者とやらは画一的な発達をするはずなのに、健常者(敢えてこの単語を使う)の大多数は、各人の性格・趣味趣向がバラバラで明らかな多様性を有する。むしろ、育成年代や環境にかかわらず、似たり寄ったりの「定型的」な傾向を示すのは発達障碍者の方であって、だからこそ「障碍」というカテゴライズが可能になる。

 この説明ではいささかわかりにくいので、アルコール中毒の例をとって考えてみよう。アルコール中毒患者は、元が学者でも工場労働者でも、専業主婦であっても、中毒患者になった途端に極めて似通った行動を採る。つまり、それまでのプロフィールとは無関係に、画一化された=定型的な行動を採る。だからこそ、これが中毒(あるいは依存症の一種)として認識可能になる。つまり、多様性がない=定型である事が病気・障碍の条件なのだ。これを「幸福は多様だが、不幸は画一的である」と文学的に表現する事もある。

 ところが、定型発達の概念に従えば、多様性があるはずの健常者の方が、段階的・画一的な発達をする事になってしまう。この矛盾はどうして生じてしまうのか?

 というわけで、定型発達について調査を開始した私が最初に見つけたのが、ロバート・J・ハヴィガースト。ドイツ系アメリカ人で、教育学(または心理学者)の権威だ。この人が提唱したのが発達課題というもので、その内容はウィキペデァによると「人間が健全で幸福な発達をとげるために各発達段階で達成しておかなければならない課題」なんだそうだ。つまり、人間が健全かつ幸福に成長するためには、画一的な=定型的な発達をする必要がある、という説なのだ。書いているだけでアホらしくなってくるが、これには続きがある。

 この発達課題を提唱したのは、実はハヴィガーストのものだけではない。彼のアイデアにインスパイアされて、フロイト系の精神分析家であるエリク・H・エリクソン(やっぱりドイツ系アメリカ人)を筆頭に、ダニエル・レビンソン等も異なった発達課題を提唱しているのである。つまり、定型発達=「健全で幸福な発達をとげるための課題」は、私が調べただけでも3種類あったのだ。

 これで、最初に私が抱いた疑問は解消した。定型が3種類もあるのは明らかにおかしい=嘘だ。じゃあ、何でこんな嘘がまかり通ったのかといえば、これは簡単に想像がつく。その原因は、脳医学が発達する前に、これらの理論が提唱されてしまったからだろう。要するに、医学的なエヴィデンスが裏付けとして存在しない仮説に過ぎないのだ。

 現代医学で証明されつつあるのは、

1)人間のコミュニケーション能力は、前頭葉の前頭前野と関係が深いらしい。

2)前頭前野が解剖学的な意味で発達するのには時間がかかり、だいたい成人になるまでは完成しない。だから、子供のコミュニケーション能力は未熟な場合が多い。

3)しかし、前頭前野に何らかの問題が生じると、成人でもコミュニケーション能力が阻害される。具体的には老化、外傷、幼少期の精神病、遺伝的な問題etcである。

 といったところで、後は個別の研究成果を見ていくことになる。たとえば、自閉症によく見られる固執行動は、幼児にも老人にも見られるが、少なくとも幼児のケースでは、前頭前野外側部の活動が活発でないタイプがこれに該当する事が分かっている、等だ。

 発達障碍の問題をネット上で追いかけていくと、健常者を「定型」と呼称し、さも決まり切った反応しかできないかのような存在として意味づけした上で、発達障害者をその反対の存在として意味づけし、正常・異常の境界線を曖昧にしたがる人の言説に遭遇するが、現実はむしろ逆で、決まり切った反応をしがちで多様性に欠けるのは発達障害者の方だろう(だからといって、それが悪だとか欠陥と言いたいわけではない)。

 また、私がこうした考え方に強い違和感を覚えるのは、その背景にコミュニケーションを「パターンとして認識しているんじゃないか?」という疑念が拭えないからだ。厄介な事に、この考え方は部分的には合っている。つまり、健常者同士のコミュニケーションには、意味性が薄くパターン化された部分が多い。ただ、それでも、コミュニケーションのベースとなるのはシミュレーション能力、すなわち「相手から見て、自分が、あるいは別の対象がどのように見えるか?」を想像する能力であって、常に決まり切った行動をとっているわけではない。やらないのは不要と判断したり、形式的に処理すればシミュレーション能力を使わない分だけ脳に負担がかからないから楽だと判断した時のみである。

 よく例出される話ではあるが、「お前、馬鹿だな」と言われた相手が親友か見知らぬ相手かによって意味は異なるし、また同じ相手であっても顔の表情や声音によって意味は違う。

 セクシャルハラスメントはもっと分かり易い例だろう。Aという相手ならOKな性的な意味合いを含む行為も、Bという相手ならNGというのは、要するに「相手を見て、シミュレーションした結果が異なる」からで、これがパターン化された応答であれば、AにもBにも同じ反応が返ってこなければならなくなる。ということは、やっぱりコミュニケーションはパターン化されているようで、実はパターン化されていないのだ。

6件のコメント

[C4274]

脳が発達するほどその複雑度は増していきますから、定型?(設計された)通りに成長した人間なればこそ多種多様な結果を残すものとばかり思ってましたが、学者の発想力は常人には及びもつきませんねぇ。いや、当時の情報量を考えれば「壊れている=不定形」というのも受け入れやすい説ですかね。
真に問題なのは、後代の人間が、自分に都合の良い意見(お墨付きなら尚良い)だけにしがみつく姿勢でしょうか。

被災地では、良くも悪くも目の前の現実と戦えば済むのですが、関東を見ていると不安そのものから逃げ回っている印象を受けますね。マスメディアからして「誰を信じていいのか判らない」とか毎日流してますからね。

テレビがデマの拡散に一番貢献してます(笑)
  • 2011-04-18
  • 投稿者 : Caim_Kzkr
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[C4275] Caim_Kzkrさん

 これに関しては、何の前情報もなく調べたので、事情を知って唖然です。「幸せになるための段階的発達」=定型と定義されたら、そりゃそこから外れた人は頭に来ますよね。相当強い反感の意味が込められて「定型」と言われていたのもうなずけます。

 テレビに関しては同意というか、テレビのショッキングな報道を目にして、精神病が悪化している患者が多いんですよ。彼らがパニックを増幅させているんですが、これも取り締まるわけにはいかず……という状況ですかねえ。
  • 2011-04-19
  • 投稿者 : 鳥山仁
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[C4276] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2011-04-20
  • 投稿者 :
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[C4277]

鳥山さん、お久しぶりです。
ドイツ系で心理学と聞いて「ああ、やっぱり」と思うのは正常ですかね?w

個人的には客商売なのでコミュニケーションがパターン化できればそりゃ楽ですが、やっぱり一人ひとり反応はちがいますからねえ。謝るテクニックは上達しましたw

あと、新作情報お待ちしています。楽しみですねえ。
  • 2011-04-20
  • 投稿者 : Anchang
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  • 編集

[C4278] Anchangさん

ドイツの心理学と聞いて「怪しい」と思うのは正常でしょう。
とにかく、19世紀から20世紀にかけてのドイツは、科学部門の発展と同時に疑似科学の流布にもめざましいものがありました。その最悪のケースが優生学・民族学(?)なワケですが、これを「ありうる」と思う方がどうかしているんですよね。

 話は変わって、新作についてですが、後はイラストが上がれば発売時期も決定するはず……です。私の仕事で残っているのは、著者校正で1カ所修正するぐらいだと思います。推敲作業を7~8回近くやってるんで、今回の文章はかなり気に入ってるんですよね。
  • 2011-04-22
  • 投稿者 : 鳥山仁
  • URL
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[C4290] 幻想の普通少女

 ふつーって結局その他大勢としてしかとらえられんモノだと思うのヨ。つまり、クッキリした十分条件を持たない。
 学術的にはそれを型にはめたいっつー考えはあるのかもだけど、やっぱ㍉あるっつーこっちゃね。ま、「またドイツかよ」オチなワケですが。
 コミュニケーションのパターン化ってのはつまるところアイサツに尽きると思うのだけど、もっと言っちゃうと「不思議な言葉でポポポーン」ってコトですナ。
 以下は一般の話でアカデミックなそれじゃないんだけれど、ふつーじゃない定義ってのはモチロン決まってて、それってたいてい複数の条件がセットになってる。たとえば10の条件のう全て、あるいは7つ↑当てはまること、みたいなネ。さらに、それが継続的であることが求められることも多い。
 でも、ひとつ当てはまると「アイツはおかしー」とか言うのがよくいて困る。
  • 2011-04-24
  • 投稿者 : 電気屋
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toriyamazine

Author:toriyamazine
東京都出身。
高校在学中にライターとしてデビュー。
以降は編集者・ライター・ゲームディレクター・実写アダルトDVDの監督、そして作家を兼任。
仕事はSMポルノ関係全般で、小説、ゲーム、実写etc、アニメーションを除くすべてのポルノ作品を平行して制作。年間発表数は約6作品前後がコンスタント。
一般作に関しては、別名義、もしくはアンカーマンとしてのみ参加中。

追記・最近になってメールで連絡が取れないという非難が多く聞かれるようになったので、仕事用のアドレスを公開しておきます。
jjnewzine★gmail.com
です。★マークを@に変えて使ってね。

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