王様を欲しがったカエル
作家・シナリオライター・編集者を兼任する鳥山仁の備忘録です。
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11/04のツイートまとめ
- toriyamazine
鳥山仁って名前は呼びづらいので、今日から気軽に「 S 」って呼んで下さいね!! http://t.co/Dd6r97sO いや、そうなんだけど診断メーカーに指摘されると「何で知ってるの?」的な気持ちが……。
11-04 19:27(5)以上のように当時の状況を読んでいると、今の編集と作家がやっている作業とほとんど変わらなくて笑ってしまう。無駄な部分を削って短縮化。そうすると、「どういうわけか」多くの日本人が喜ぶ文章になるのだ。理由は前に述べたので繰り返さないヨ。
11-04 02:24(4)漱石はこれに不満を漏らすが、処女作ということもあって編集の虚子の指示に従って文言を削除。文章を短縮化。そして、初稿では最後まで決まっていなかった書き出しをやはり虚子の支持によって「吾輩は猫である」に決定。これで、第一話が概ね完成したとなっている。
11-04 02:20(3)虚子の文書によると、まず小説の執筆を持ちかけたのは虚子で、漱石がそれに応じる形で小説を書く。その原稿量は(俳人である虚子の判断からすると)膨大で驚かされたが、言われるままに朗読し、批評を要求される。虚子は文章に贅文句(無駄な文章)が多いと指摘。削除を指示する。
11-04 02:15(2)まず基本情報だが、『吾輩は猫である』は夏目漱石のデビュー作で、編集を担当したのは俳人の高浜虚子。これは、彼が『ホトトギス』という雑誌を編集していたからだ。この虚子が『漱石氏と私』という文書を残したhttp://t.co/qAladOWHので、校閲の状況がある程度判る。
11-04 02:11(1)小説と編集による校閲の話をしていたら、よりにもよって夏目漱石の『吾輩は猫である』が名文という話を振られたので硬直。明治文学好きには説明不要だろうが、この小説こそ「編集者が小説を校閲した」記録が、かなり詳細に残っている作品なのだ。しかも、その方法が今と変わらない。
11-04 02:05しかし、女児向けマンガのフェチとの相性が悪いとは、相変わらず私もとことん「そっち方面」とはソリが合わないなぁ……。
11-04 00:40
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