2ntブログ

Entries

週間連載・ネクロノミコン異聞(2)

 今、この瞬間も少女の姿をした神は、邪悪な笑みを浮かべながら舌なめずりを始めている。怖気だった十三は反射的に香蘭の指を振り払い、大仰に肩をすくめて会話を断ち切ろうと試みる。

「も、もういい。この話は、お仕舞いにしよう」
「まあ、急くな。妾も少しずつ思い出しているところだ」
「な、何を?」
「だから、妾が狂わせたお前の友達についてじゃ」
「……矢作さんのことを、思い出したのか?」
「いいや。ただ、それより少し後のことなら、うっすらと覚えておるぞ」
「す、すすす少し後って?」
「あれは確か、お前が小学校3年生の秋じゃった。お前は昼食に食べた何かが原因で腹を壊したのに、みんなから笑われるのが嫌で授業中にトイレに行くことができず、その場でお漏らしをしてしまったのだ」
「ま、待てよ! それは矢作さんとは何の関係も……」
「それが、大ありなのじゃ」

 香蘭は小さな唇の前に人差し指を立て、チチチと舌を鳴らしてみせた。
「う、嘘……」
 生唾を飲み込んだ十三は、レモンをビニール袋ごと石床に落とす。

「その日から、お前のあだ名はウンコ・アモーレになった。これは覚えているな?」
「ま、まあ、覚えてるよ……嫌だけど」
「そんなあだ名でからかわれるのが嫌で、お前は毎晩泣いていたな?」
「そうかもしれないけどさ……」
「ウンコ・アモーレというあだ名で呼ばれるのが嫌で嫌でたまらなかったお前は、とうとう登校拒否を起こしてしまった。そこで、妾の出番じゃ」
「香蘭には、クラスのみんなの記憶を消してもらったんだ」
「そうじゃ。覚えておるではないか」
「……まあね。あのことに関しては、今でも感謝してる」
「ならば、お前が覚えておらぬのは、その直前のことじゃな」
「直前?」
「あの時、お前に何とかしてくれと泣きつかれた妾が、何と言ったのかまでは覚えておらぬのじゃろう?」
「えーと……何て言ったんだっけ?」
「あの時、妾はお前に対して『矢作さんの件を水に流してくれれば、クラスメイトを何とかしてやろう』と言ったのじゃ」
「…………あ!」

 香蘭の話を聞いた十三は、一重の眼を大きく見開いて絶句した。長い黒髪を揺らした少女は、勝ち誇った笑みを浮かべながら細い両腕を平べったい胸の前で組む。
「どうじゃ? 思い出したか?」
「う……。あの……」
「何じゃ?」
「思い……だしました」
「言ってみるが良い」
「いや、それはちょっと……」
「ならば、妾が代わりに言ってやろう。あの時のお前は『もう矢作さんが狂ってしまったことは水に流します。だからウンコ・アモーレというあだ名をみんなに言わせないようにして下さい』と、妾に泣きながら頼み込んできたのじゃ」

 床に片膝をつき、両手を大きく広げた香蘭は、小学校3年生当時の十三がとったと思われる非常にみっともないポーズをとりつつ、
「ウンコ・アモーレを何とかして下さいぃ。ウンコ・アモーレを……」
と少年の声色を真似しながら嘘泣きを繰り返した。黒い学生服に身を包んだ高校1年生の十三は頬を真っ赤にして、
「止めろよ! ウンコ・アモーレって言うのを止めろ!」
 と唾を飛ばしながら金切り声を上げる。

「仕方ないのう。この程度で我を忘れおって」
 美少女の姿をした「外なる神」は再び腕を組むと、天井を向いて嘆息した。少年は怒りに肩を震わせながら、
「こ、香蘭に俺の気持ちが分かってたまるか!」
 と十本の指で毛髪をかきむしる。

「うむ。妾にはお前の気持ちは分からぬ。何故なら、お前は友達だと言っていた矢作さんより、自分がウンコ・アモーレと呼ばれない方を選択したからの」
「そ、それは……」
「つまり、お前にとって嫌なあだ名をクラスメイトに言わせないことの方が、友達を狂わせたことよりも大切だったわけじゃ」
「い、いや、だから、そのね……」
「言い訳はよい。話はこれまでじゃ。そろそろ、団家の当主として妾との契約を果たしてもらおうかの」

 膝下まである長い黒髪を両手ですいた香蘭は、背筋をしゃんと伸ばすと面から表情を無くし、小さな歩幅でエントランスを退出した。残された十三はぶつぶつと小声で悪態をつきながら、床に落ちたビニール袋を拾い上げ、右奥にある通路に入っていく。

 薄暗い通路の突き当たりにあったのは、異常なまでに大きな浴室だった。白い御影石でできた床は、2LDKの住居ほどの広さがあり、中央には白い陶磁でできた西洋風の浴槽がしつらえてある。

 バスタブの脇にはシャワーと立水栓を兼ねた金属製のポールが立っていた。十三は金色のポールのすぐ側でしゃがみ込み、立水栓の蛇口を捻って風呂桶に湯を溜める。

 低い水音が浴槽の底から響き、水蒸気が漂い始めると、少年は壁際にしつらえた洗面所まで歩いていって、ビニール袋に入ったレモンを取り出した。古びた邸宅に似つかわしくなく、浴室の壁面は半透明の壁に囲われており、その内側には無数のLEDライトが輝いている。

 その真っ白な輝きの中で十三は洗面台の下に手を伸ばし、引き戸を開けると白いバスタオルと使い込まれたオピネルの折りたたみナイフを取り出した。慣れた手つきで古びた刃物を広げた少年は、洗面台に山と積まれたレモンに片端から切れ込みを作っていく。

 団十三の祖父である団一が結んだ契約によって、団家の当主になった者は1日に1回の割合で、必ず香蘭の身を清めなければならない。父親である英二が発狂して責務を果たせなくなってしまった以上、お鉢が息子に回ってくるのは仕方がない。

7件のコメント

[C3824]

チェンジアップどころか、ナックルボールなのでは? ウンコ・アモーレw
  • 2010-06-07
  • 投稿者 : 寛
  • URL
  • 編集

[C3827] 寛さん

え? 嘘? ただのストレートじゃないですか。心に届くあだ名でしょう? 小学生の時は、よくやりましたよねー。
  • 2010-06-08
  • 投稿者 : 鳥山仁
  • URL
  • 編集

[C3829] 届きすぎ

 いやいや、小学生の頃からかくもキレるアダ名考えつくなんざそーそーいませんや。だってアモーレですよ?いーとこウンコキングだと思います。
 ちなみにストレートはホップする変化球です。投げ方を学んで訓練しないと投げれませんヨ?

 あ、「ナナとカオル4」読みました。釈迦に説法ですが、対称読者考えたら女性側をステレオタイプに処理するのはとーぜんですヨ。ご存知と思いますが、ナナはタイプ的には過去最高クラスのど真ん中ホームランコースでございます。ココで紹介されなくとも遠からず行き着いたとは思うけど早めにきっかけはいただけたのは確か。多謝。
  • 2010-06-11
  • 投稿者 :
  • URL
  • 編集

[C3830] 電気屋さん

ええ? ホントにスレートじゃないですか?
おっかしいな……。
『ナナとカオル』は自分が製作に関与したムックが参考資料に使われていなければ、読んでいない可能性が高い作品なので、紹介できたのは単なる偶然です。ただ、甘詰先生もNTR属性なんで、私との親和性はあると思いますが。
  • 2010-06-12
  • 投稿者 : 鳥山仁
  • URL
  • 編集

[C3834] クセ球

 なんというか、力の加減のバランスがふつーじゃないですネ。だから芯を捉えられる人が少ないんだと思います。ストレートと思ったらほんのちょっとだけ浮いてたり、とか見たいな。それでスカっとホームランにならない。

…にしてもNTRあったんスか。気づかなんだ。
 言われてみればストレートには出てないけれど思いつくフシはたしかにあるなー。
 うん、やっぱストレートじゃないネ。
  • 2010-06-12
  • 投稿者 : 電気屋
  • URL
  • 編集

[C3837] 電気屋さん

NTRは基本ですよ。
といううか、NTRがストライクって感じ?
ただ、知人のマンガ家さんに「妹寝取られ」が好きな人がいて、これは訳が分かりません。妹は自分の彼女じゃないだろうと思うんですが……。
  • 2010-06-12
  • 投稿者 : 鳥山仁
  • URL
  • 編集

[C3840] 実在妹

 その方ってリアル妹おられるんでしょーか?おられないとしたら、兄妹つー関係にあこがれてめっさ萌える、つー層はあるよーです。いわゆる「おにーちゃん」萌えですナ。
 言うまでもなく、コレは近親姦嗜好ではないので、このもーそーのいもーとは欲情の対象ではないはずです。
 父性的な保護欲を、傷つけられることによって再確認したい、とそんな感じなんじゃないですか?
 いもーとって血縁ですから、運命なワケです。自分に選択権がないって点では親子以上に運命的な保護対象者と呼べるか、と。
 ちなみにやつがれは実在いもーと有なんスけど、ほんっとにたいしょーになんないもんっスよ。属性的には長髪メガネっつーいーコース来てるんですケドねー(笑
  • 2010-06-13
  • 投稿者 : 電気屋
  • URL
  • 編集

コメントの投稿

新規
投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ます

0件のトラックバック

トラックバックURL
http://toriyamazine.blog.2nt.com/tb.php/300-1c8ba955
この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

Appendix

プロフィール

toriyamazine

Author:toriyamazine
東京都出身。
高校在学中にライターとしてデビュー。
以降は編集者・ライター・ゲームディレクター・実写アダルトDVDの監督、そして作家を兼任。
仕事はSMポルノ関係全般で、小説、ゲーム、実写etc、アニメーションを除くすべてのポルノ作品を平行して制作。年間発表数は約6作品前後がコンスタント。
一般作に関しては、別名義、もしくはアンカーマンとしてのみ参加中。

追記・最近になってメールで連絡が取れないという非難が多く聞かれるようになったので、仕事用のアドレスを公開しておきます。
jjnewzine★gmail.com
です。★マークを@に変えて使ってね。

FC2カウンター

カレンダー

11 | 2024/12 | 01
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

最近の記事

月別アーカイブ

FC2ブログランキング

FC2 Blog Ranking

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

読書カレンダーBLACK

Powered By 読書カレンダー

Twitter...

toriyamazine Reload

ブログ内検索