王様を欲しがったカエル

　しかし、ここで重要なのは「性的虐待が実際にあったかどうか」ではありません。実際に性的虐待を受けたか、あるいは些細な不快体験を性的虐待であると針小棒大に報告しているか、もしくは虚偽記憶に基づいて性的虐待を受けたと嘘をついているかにかかわらず、心を病んだ人間には治療が必要ですし、また彼女たちの治療に対して関心を抱くのは、人間としてごく当たり前の感情でしょう。

　ところが、これも繰り返しになりますが、規制推進派の大半は被害妄想の虜になっている精神病患者の病態を「魂の殺人」とか「一生心に傷が残る」と主張して、（精神病の）治療が半ば不可能であると放棄を宣言してしまっています。それと同時に、規制反対派にとってはお馴染みでしょうが、彼らは児童買春に関わった「日本人の児童」を保護することに対しては驚くほど不熱心で、せいぜい海外の発展途上国の児童に教育資金を送付したり、学校の建設をやったりという、こちらでもセックスとは直接的に関係のない慈善事業にしか手を出さないんです。

　これには「寄付金を集めやすいかどうか」という政治的な問題も絡んでいるわけですけれど、それ以前にやはり目につくのは現実に対する関心の薄さ、もっと正確に言えば精神病の治療や児童の保護という、善悪や男女といった２項分類では漏れてしまうテクニカルな、哲学的な言い方をするとハイデガーの芸術論に出てくる「手仕事」的な概念に対する侮蔑の感情です。この点では、今まで散々論じてきた、セックスのテクニカルな側面を無視する姿勢と、精神病の治療に対する関心の薄さは一緒で、規制推進派のメンタリティにはかなり強固な一貫性があります。

　では、ＡＰＰも含む規制推進派は、何故にここまで現実を無視するのか？　というと、ここから先はトートロジーになってしまうんですが、彼らにとって重要なのは現実に存在する男女なり児童ではなくて、（ポルノ問題の場合は）抽象概念としての男女という２項対立であり、（児童ポルノ問題の場合は）抽象概念としての大人と子供という２項対立だからです。

　そして、これらの２項対立を下支えしているのは、やはり繰り返しになりますが現実＝ネガティブという実感であり、この場合のネガティブとは「男性的なもの」を指します。では、「男性的なもの」とは一体何なのかと言えば、具体的には「射精」のことでしょう。実は、規制推進派の理論は「男性」の部分を「射精」に置き換えて読むと、おおよそのことが了解できてしまうのです。

　つまり、男性性を「性的興奮から射精へ」と至る一連のプロセスであると考えれば、マスターベーションとセックスに大きな違いはなくなります。これなら、性交時の相手は完全に無視できる、言い換えるのであればセックスはマスターベーションの延長線上の行為に過ぎなくなるので、「ポルノ（を読んでマスターベーションする）は学習、レイプ（女性を自分の射精に無理矢理付き合わせる）は実践」という言葉にリアリティが生まれます。

　同時に、「性的興奮から射精へ」と至る一連のプロセスのみに着目していれば、女性が性行為で快感を感じているか、あるいは感じていないかを斟酌する必要もなくなります。つまり、どちらにせよ男性が射精できればそれでセックスが成立することになるので、性行為を「男性が女性を搾取する行為」として規定できてしまうわけです。こうなると、もはや男性に女性を悦ばす能力（これはテクニック面も含めた総合的なものですが）の有無も無視して、セックスに関する考察を進めることが可能になります。

　また、マスターベーションの際に使用するポルノの種類も、それが実在する人物を撮影したものであるか、あるいは架空の人物を創作したものであるかの違いを考慮する必要もなくなります。何故なら「性的興奮から射精へ」というプロセスを経るという意味において、どちらも等価の効果を発揮していると判断できるからです。