王様を欲しがったカエル
作家・シナリオライター・編集者を兼任する鳥山仁の備忘録です。
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TRPG用小説(1)
- ジャンル : 小説・文学
- スレッドテーマ : ファンタジー小説全般
1.
遠くに見える山の斜面が紅葉に覆われていた。まだ吐息は白くならないものの、朝の空気は表皮から容赦なく体温を奪っていく。来年の初夏に収穫する、穀物の種蒔きは数日前に終わっていた。しばらくすると、木の実を食べてまるまると太った家畜が殺される。
丸太小屋の前に立ったナシルは、大きくのびをした後で、右手に持っていた木の棒を胸元で掲げて構えの姿勢をとった。棒の長さは少年の背丈を半分にしたほどで、堅い木材を粗く削っただけの粗末な代物だった。ナシルは身体を投げ出すように右足を大きく踏み出すと同時に棒を前方に突きだした。腕の筋肉はかすかに伸びる音を発しつつ、棒の先端で空気を切り裂いた。
何度も同じ動作を繰り返しながら、ナシルは少しずつ前へと進んでいった。やがて、畑の境目に達すると、今度は棒を左手に持ち替えた。安物の麻で編まれた上衣は、汗を吸って色変わりを始めていた。けれども、少年は片手突きの練習を止めようとはしなかった。
リゴ村のナシルが初めて正式な馬上剣術を教わったのは、彼が十二歳の時だった。師匠は父方の叔父で、若い頃に傭兵稼業で蓄えを作り、その金で新規の開拓地を王族から買い取って自作農になった、いわゆる「新しい農民」を地でいくような人物だった。ゴリは叔父のような経歴の持ち主が集まって作り上げた小村で、歴史などなきに等しい場所だった。
ナシルが生まれた村も似たような環境だった。彼の父親も傭兵で蓄えを作り、開拓地を買ってそこに定住した。ソツィベスク王国には長子相続法があったので、農家だろうが王族だろうが、次男坊、三男坊以下が成功するためには、僧侶となって官吏としての栄達を目指すか、戦士になって武勲をたてるかの、いずれかの道を選ぶしかない。ナシルの父と叔父は村に募集をかけてきた傭兵団に加わることで、後者の道を選択した。二人には他の農民にない強みがあった。生家が馬の飼育を生業としていたので、子どもの頃から乗馬が得意だったのだ。
彼らの父親は、四男坊と五男坊が財産の相続を放棄する代償として、馬を一頭ずつ分け与えた。馬付きの傭兵は貴重な存在で、貰える給金も歩兵とは段違いだった。彼らはすぐに優秀な軽騎兵となった。軍隊の先頭を疾走し、敵情を斥候する役目を担ったのだ。
ナシルの父親は戦争に四度参加して傭兵を引退した。叔父のスヴェアロトカーが戦いに飽きたのは、六度目の戦争が終わってからだった。ナシルはまだ一人では歩けない頃から、父親の膝の上で武勲談を聞かされた。しかし、不詳の息子の心に深く残ったのは、父親の手柄話よりも精霊騎士の存在だった。
「あいつらは死に神だ。戦場であったら、何も考えずに逃げるしかない」
「あいつらが一騎当千というのは本当だ。たった十騎ほどで、五百騎の騎士団を全滅させた。それもあっという間だ」
「あいつらは、馬上で魔法を使ってくる。火の玉というか……それで撃たれた歩兵は消えちまう。骨が灰になるまで焼かれちまうんだ」
父親は大仰な仕草で精霊騎士の恐怖を語ってくれた。ナシルは目を輝かせながら、戦場を我が物顔で支配する魔人の姿を想像した。何故なら、少年は生まれつき精霊が「見える」資質を備えていたからだ。
遠くに見える山の斜面が紅葉に覆われていた。まだ吐息は白くならないものの、朝の空気は表皮から容赦なく体温を奪っていく。来年の初夏に収穫する、穀物の種蒔きは数日前に終わっていた。しばらくすると、木の実を食べてまるまると太った家畜が殺される。
丸太小屋の前に立ったナシルは、大きくのびをした後で、右手に持っていた木の棒を胸元で掲げて構えの姿勢をとった。棒の長さは少年の背丈を半分にしたほどで、堅い木材を粗く削っただけの粗末な代物だった。ナシルは身体を投げ出すように右足を大きく踏み出すと同時に棒を前方に突きだした。腕の筋肉はかすかに伸びる音を発しつつ、棒の先端で空気を切り裂いた。
何度も同じ動作を繰り返しながら、ナシルは少しずつ前へと進んでいった。やがて、畑の境目に達すると、今度は棒を左手に持ち替えた。安物の麻で編まれた上衣は、汗を吸って色変わりを始めていた。けれども、少年は片手突きの練習を止めようとはしなかった。
リゴ村のナシルが初めて正式な馬上剣術を教わったのは、彼が十二歳の時だった。師匠は父方の叔父で、若い頃に傭兵稼業で蓄えを作り、その金で新規の開拓地を王族から買い取って自作農になった、いわゆる「新しい農民」を地でいくような人物だった。ゴリは叔父のような経歴の持ち主が集まって作り上げた小村で、歴史などなきに等しい場所だった。
ナシルが生まれた村も似たような環境だった。彼の父親も傭兵で蓄えを作り、開拓地を買ってそこに定住した。ソツィベスク王国には長子相続法があったので、農家だろうが王族だろうが、次男坊、三男坊以下が成功するためには、僧侶となって官吏としての栄達を目指すか、戦士になって武勲をたてるかの、いずれかの道を選ぶしかない。ナシルの父と叔父は村に募集をかけてきた傭兵団に加わることで、後者の道を選択した。二人には他の農民にない強みがあった。生家が馬の飼育を生業としていたので、子どもの頃から乗馬が得意だったのだ。
彼らの父親は、四男坊と五男坊が財産の相続を放棄する代償として、馬を一頭ずつ分け与えた。馬付きの傭兵は貴重な存在で、貰える給金も歩兵とは段違いだった。彼らはすぐに優秀な軽騎兵となった。軍隊の先頭を疾走し、敵情を斥候する役目を担ったのだ。
ナシルの父親は戦争に四度参加して傭兵を引退した。叔父のスヴェアロトカーが戦いに飽きたのは、六度目の戦争が終わってからだった。ナシルはまだ一人では歩けない頃から、父親の膝の上で武勲談を聞かされた。しかし、不詳の息子の心に深く残ったのは、父親の手柄話よりも精霊騎士の存在だった。
「あいつらは死に神だ。戦場であったら、何も考えずに逃げるしかない」
「あいつらが一騎当千というのは本当だ。たった十騎ほどで、五百騎の騎士団を全滅させた。それもあっという間だ」
「あいつらは、馬上で魔法を使ってくる。火の玉というか……それで撃たれた歩兵は消えちまう。骨が灰になるまで焼かれちまうんだ」
父親は大仰な仕草で精霊騎士の恐怖を語ってくれた。ナシルは目を輝かせながら、戦場を我が物顔で支配する魔人の姿を想像した。何故なら、少年は生まれつき精霊が「見える」資質を備えていたからだ。
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