王様を欲しがったカエル
作家・シナリオライター・編集者を兼任する鳥山仁の備忘録です。
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TRPG用小説(2)
- ジャンル : 小説・文学
- スレッドテーマ : ファンタジー小説全般
精霊の大半は、小指の先ほどしかない輝く点のような存在で、何かの拍子に宙に現れたり、地虫のように床を這いずっては、そのうちにふっと消えていくのが常だった。ナシルは物心ついたついた頃から精霊を目撃していたので、誰もがそれを感じる事ができると信じ切っていた。
だから「輝く小さな何か」の話をした途端に、母親の顔色が変わった理由が少年には解らなかった。両親はナシルから「輝く小さな何か」の詳細を尋ねた後で、彼の妹にも同じ質問をした。歳違いの生意気な少女、ルプシィ・カカも「輝く小さな何かは見える」と断言した。
これで、兄妹は精霊騎士の有資格者となった。精霊騎士になるためには、まずは精霊を「感じる」ことができねばならない。それには生まれ持った資質が決定的で、王侯貴族などの階級は関係ない。ナシルの生まれ故郷であるソツィベスク王国では、精霊を感じ取る能力を備えた人間は、おおよそ百人に一人ぐらいしか生まれなかった。そして、これらの特異能力者から僧侶が選ばれるのが古くからのしきたりであり、また更にそれとは別に精霊騎士の候補者が選別されるのが、ここ数十年の新しいしきたりとなっていた。
二つのしきたりを維持するために、王国では精霊を感じ取れる人間を優遇する触書を出していた。精霊を感じ取る能力があるという認定を教会で受けた者かその親族には、金貨を二枚授与するという内容だった。ナシルの両親は近くの町にある教会まで子ども達を連れて行き、ルプシィ・カカにだけ認定試験を受けさせた。ナシルが残されたのは、父親が買い求めた土地を継がせるためだった。
ルプシィ・カカは試験に合格した。両親は金貨を受け取り、ルプシィには精霊を感じ取れる力のある者の証明として、銀でできた首飾りが渡された。ナシルはすっかりふて腐れた。自分が試験に合格する自信があったのに、家の都合で僧侶と会うことすら許されなかったからだ。
ナシルの心情を見透かしていたルプシィは、ことあるごとにネックレスを見せびらかした。ただでさえ生意気に妹が増長する理由を得たために、兄妹の仲は険悪になった。しかし、そんないざこざもナシルが八歳の夏に終わりを告げた。生まれた村がこの世から消滅してしまったのだ。
異変が起きたことを最初に気付いたのはナシルだった。母親の言いつけで森まで行って、食用の野草を探している最中に「それ」は現れた。「それ」は蟻にたかられた細い木の幹のように、全身が黒い小さな精霊によって覆われていた。あまりにもその数が多かったので、ナシルには「それ」が人間なのか獣なのかの判別すらつかなかった。
ナシルは「それ」のあまりにも禍々しい姿に目が釘付けになった。「それ」も少年の視線に気付いたようだったが、うなり声を上げるわけでもなく、襲いかかるわけでもなく、ただ森を入ってすぐの小道の脇で、直立不動の姿勢を崩さなかった。
恐怖に駆られたナシルは身を翻し、今まで歩いていた道を全力で逆走した。だが、次の瞬間には、少年の視界は無数の小さな黒い精霊に覆われていた。
視力を奪われたナシルは、平衡感覚を失って道端に転倒した。肘を思い切りすりむいたが、痛みはまったく感じなかった。少年は泣きわめき、手足をばたつかせて精霊を追い払おうとした。
精霊達はナシルを軽く突っついただけで、それ以上のことを何もしようとはしなかった。しかし、普段であればただそこに見えるだけの存在が、意識的に人間を攻撃してくるだけで、少年を混乱に陥れるには十分な事態だった。
ナシルは精霊に群がられたまま道を這いずり、一歩でも村へ近づこうとした。黒い小さな点は、やがて小さな男の子を嬲ることに対する興味を失ったかのように、彼の前から一斉に姿を消した。
だから「輝く小さな何か」の話をした途端に、母親の顔色が変わった理由が少年には解らなかった。両親はナシルから「輝く小さな何か」の詳細を尋ねた後で、彼の妹にも同じ質問をした。歳違いの生意気な少女、ルプシィ・カカも「輝く小さな何かは見える」と断言した。
これで、兄妹は精霊騎士の有資格者となった。精霊騎士になるためには、まずは精霊を「感じる」ことができねばならない。それには生まれ持った資質が決定的で、王侯貴族などの階級は関係ない。ナシルの生まれ故郷であるソツィベスク王国では、精霊を感じ取る能力を備えた人間は、おおよそ百人に一人ぐらいしか生まれなかった。そして、これらの特異能力者から僧侶が選ばれるのが古くからのしきたりであり、また更にそれとは別に精霊騎士の候補者が選別されるのが、ここ数十年の新しいしきたりとなっていた。
二つのしきたりを維持するために、王国では精霊を感じ取れる人間を優遇する触書を出していた。精霊を感じ取る能力があるという認定を教会で受けた者かその親族には、金貨を二枚授与するという内容だった。ナシルの両親は近くの町にある教会まで子ども達を連れて行き、ルプシィ・カカにだけ認定試験を受けさせた。ナシルが残されたのは、父親が買い求めた土地を継がせるためだった。
ルプシィ・カカは試験に合格した。両親は金貨を受け取り、ルプシィには精霊を感じ取れる力のある者の証明として、銀でできた首飾りが渡された。ナシルはすっかりふて腐れた。自分が試験に合格する自信があったのに、家の都合で僧侶と会うことすら許されなかったからだ。
ナシルの心情を見透かしていたルプシィは、ことあるごとにネックレスを見せびらかした。ただでさえ生意気に妹が増長する理由を得たために、兄妹の仲は険悪になった。しかし、そんないざこざもナシルが八歳の夏に終わりを告げた。生まれた村がこの世から消滅してしまったのだ。
異変が起きたことを最初に気付いたのはナシルだった。母親の言いつけで森まで行って、食用の野草を探している最中に「それ」は現れた。「それ」は蟻にたかられた細い木の幹のように、全身が黒い小さな精霊によって覆われていた。あまりにもその数が多かったので、ナシルには「それ」が人間なのか獣なのかの判別すらつかなかった。
ナシルは「それ」のあまりにも禍々しい姿に目が釘付けになった。「それ」も少年の視線に気付いたようだったが、うなり声を上げるわけでもなく、襲いかかるわけでもなく、ただ森を入ってすぐの小道の脇で、直立不動の姿勢を崩さなかった。
恐怖に駆られたナシルは身を翻し、今まで歩いていた道を全力で逆走した。だが、次の瞬間には、少年の視界は無数の小さな黒い精霊に覆われていた。
視力を奪われたナシルは、平衡感覚を失って道端に転倒した。肘を思い切りすりむいたが、痛みはまったく感じなかった。少年は泣きわめき、手足をばたつかせて精霊を追い払おうとした。
精霊達はナシルを軽く突っついただけで、それ以上のことを何もしようとはしなかった。しかし、普段であればただそこに見えるだけの存在が、意識的に人間を攻撃してくるだけで、少年を混乱に陥れるには十分な事態だった。
ナシルは精霊に群がられたまま道を這いずり、一歩でも村へ近づこうとした。黒い小さな点は、やがて小さな男の子を嬲ることに対する興味を失ったかのように、彼の前から一斉に姿を消した。
8件のコメント
[C354] 山田悠介調にしてみるテスト
- 2008-04-20
- 編集
[C369]
ええと、上の文章の件ですが、割と身近なところに結構ある気がします。職場で挨拶文とか報告書とか書いてもらうと表現の重複・誤用・接続の間違いによって難読文章になってしまうことが多いです。
話し言葉だと、聞き取るために多少の重複や誤用は脳内変換されて理解できるんですが、書き言葉だと読み返すことが出来るためにおかしさが浮き出ますね。
この辺の訓練というか、書き言葉と話し言葉の区別が出来ていない人というのは結構いると思います。
上の山田さんがその例なのか、別の原因でそうなってるのかわかりませんが、それにしても…まあ、プロの世界は文章力が必要とは限らないのだなあと思いましたよ。
私の文章も↑ 間違ってないといいんですけど(笑)
話し言葉だと、聞き取るために多少の重複や誤用は脳内変換されて理解できるんですが、書き言葉だと読み返すことが出来るためにおかしさが浮き出ますね。
この辺の訓練というか、書き言葉と話し言葉の区別が出来ていない人というのは結構いると思います。
上の山田さんがその例なのか、別の原因でそうなってるのかわかりませんが、それにしても…まあ、プロの世界は文章力が必要とは限らないのだなあと思いましたよ。
私の文章も↑ 間違ってないといいんですけど(笑)
- 2008-04-28
- 編集
[C374] Anchangさん
文章の上手い下手を言い出したら、おそらくプロの大半は失職します。それ以前に、明治期の作品の大多数に価値が無くなります。人気があるかないかで判断するだけで十分じゃないでしょうか? 私は読みませんけど、これはあくまでも私個人の価値観に基づくものですし、他者に強要することはないですね。
- 2008-04-30
- 編集
[C377]
最近文章の上手さを愛でられる人が急速に減っている気がする。
ケータイとかゲームとかは一度に表示される字数に強い制限がかかるために、技巧を振るう余地がもともとないんだよね。
そして文字メディアはそうした機器にかなり重心が移っているから、ある程度長くて複雑な文章を楽しむ機会が相対的に減ってる。
重厚長大な文章にはそれならではの楽しみってモンがあるんだけど、それが失われつつあるのはさみしー限り。
いや、実は最近ある本のレビューで文体に関してやつがれと全く反対の評価してる人が居てびっくりしたもんで思わずコメントいれたくなりますた。
ケータイとかゲームとかは一度に表示される字数に強い制限がかかるために、技巧を振るう余地がもともとないんだよね。
そして文字メディアはそうした機器にかなり重心が移っているから、ある程度長くて複雑な文章を楽しむ機会が相対的に減ってる。
重厚長大な文章にはそれならではの楽しみってモンがあるんだけど、それが失われつつあるのはさみしー限り。
いや、実は最近ある本のレビューで文体に関してやつがれと全く反対の評価してる人が居てびっくりしたもんで思わずコメントいれたくなりますた。
- 2008-04-30
- 編集
[C380]
鳥山さん
どうも意図がうまく伝わらなかったようで、私の文章力も他人のことを言えませんねこりゃ。
作家さんには文章力が必要と言いたかった訳ではなく、読みにくい文章は身の回りにいっぱいあると言いたかっただけです。すみません。
それにしても、我が社の総会資料の文章はひどくて、会社の程度が疑われないかと心配です。誰も熱心には読まないでしょうけどw
どうも意図がうまく伝わらなかったようで、私の文章力も他人のことを言えませんねこりゃ。
作家さんには文章力が必要と言いたかった訳ではなく、読みにくい文章は身の回りにいっぱいあると言いたかっただけです。すみません。
それにしても、我が社の総会資料の文章はひどくて、会社の程度が疑われないかと心配です。誰も熱心には読まないでしょうけどw
- 2008-05-01
- 編集
[C381] 電気屋さん
気持ちはよっく分かりますけど、日本人の短文好きは今に始まったことじゃないですから。原因は貧乏で紙がなかったことですけど。
ただ、世界的に見ても長文の名人というのはほとんどいませんよね。この辺が現実なのかも。
ただ、世界的に見ても長文の名人というのはほとんどいませんよね。この辺が現実なのかも。
- 2008-05-02
- 編集
[C382] Anchang さん
いや、ちゃんと伝わってますよ。
問題は言文一致運動の過程で、「話し言葉」と「書き言葉」の接近が混乱をもたらしたことにあります。要するに、テクニカルな作家であるほど文語体から離れて、ヘタウマに書くのが流行になったら、本気で下手な人達が混ざっちゃったってことですね。
だから、周囲に文章のオカシイ人がいるのは、プロでもそんなに珍しいことではないってことが言いたかったんです。
私の方こそ、話をすっ飛ばして申し訳ない。
問題は言文一致運動の過程で、「話し言葉」と「書き言葉」の接近が混乱をもたらしたことにあります。要するに、テクニカルな作家であるほど文語体から離れて、ヘタウマに書くのが流行になったら、本気で下手な人達が混ざっちゃったってことですね。
だから、周囲に文章のオカシイ人がいるのは、プロでもそんなに珍しいことではないってことが言いたかったんです。
私の方こそ、話をすっ飛ばして申し訳ない。
- 2008-05-02
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だから「輝く小さな何か」の話をした途端に、母親は顔色を変えて変色させた。両親はナシルの「輝く小さな何か」から詳細を尋ねた後で、彼の妹にも同じ質問をした。歳違いの双子の少女、ルプシィ・カカも「輝く小さな何か」に見えると断言した。
……なんか脳に異常な負担がかかるのでこの辺でやめます。
思うに、あちこちで話題になったあの「山田語」というのは、
「長文読めない人が無理矢理長文を書くとああなる」という見本じゃないですかね。