王様を欲しがったカエル
作家・シナリオライター・編集者を兼任する鳥山仁の備忘録です。
Entries
TRPG用小説(4)
- ジャンル : 小説・文学
- スレッドテーマ : ファンタジー小説全般
背後を振り返ったナシルは、なだらかな丘陵に異変がないことを確かめてから、自宅の裏側まで身をかがめて走っていった。一刻でも早く、父親と母親の安否を確かめたかったのだ。
ナシルの自宅も、他の家と同じように入り口も窓も中央の広場を向いており、背後から侵入することは困難だった。非力な少年にできることと言えば、家の壁づたいに這いずって、出来るだけ目立たぬように室内へと飛び込むことぐらいだった。
大きく深呼吸をしたナシルは、左手で自宅の壁を一回だけ触ってから、前のめりの姿勢で広場に飛び出した。それから、進行方向を急激に変え、肩で体当たりするようにして家の扉をくぐり抜けた。
ナシルの両親は、家の入り口と直結している土間にいた。二人とも、分厚い木で出来たテーブルの脇に、仰向けの姿勢で倒れていた。二人の顔面は無数の黒い精霊に覆われていた。そして、牧草地で倒れていた男のように、両手両脚を小刻みに痙攣させていた。
意味不明の叫び声を上げたナシルは、母親に駆け寄った。優しかった母親の頭部は黒い精霊のお陰で球状に膨れあがり、もはや原形をとどめていなかった。少年は、それでも母親の手を取って地面から引き起こそうとしたが、震える全身は棒のように硬直していて、息子の力では上半身を起こすこともできなかった。
自らの力では、母親を助けられないと悟ったナシルは、恐怖を紛らわすためにひたすら喚きながら自宅を飛び出した。隣家の応援を頼むつもりだった。
ひょっとしたら、隣家のおじさんは精霊の襲撃から逃れているかもしれない。家に身を潜めて、誰かの助けを待っているかも知れない。こうやって叫んでいれば、自分の存在に気付くかも知れない。そして、父さんや母さんから、あの黒くて禍々しい連中を追い払ってくれるかも知れない。
でも、おじさんに精霊を感じ取れる力があっただろうか? 精霊を感じ取れる力がなければ、父さんや母さんのように、精霊からの襲撃を無抵抗に受けてしまっているはずだ。でも、精霊の数がそんなに多いとも限らない。自分が見たのは運の悪い人達だけで、残りの村人は異変に気付いて家に閉じこもっているかもしれない。
とにかく、どんな手を使っても、父さんと母さんを助けなければならない。いざとなったら、ルプシィ・カカに手伝わせたっていい。少なくとも、あの生意気な妹には精霊が見えるのだ。
ナシルは皮を剥いだだけの木材で組まれた扉を引いて、転がるように夏の日差しに焼かれた広場へと飛び出した。そして、黄土色の乾いた地面の真ん中に、痩せぎすの見慣れない男が立っているのを視認した。
男は清貧の誓いを立てた修道士のように袖のない貫頭衣に身を包み、素足で地面を踏みしめていた。けれども、そのみすぼらしい衣類は真っ黒に染められており、無着色の貫頭衣を身にまとう修道士とは異なる存在であることは、幼い子どもにも容易に理解できた。
男の毛髪や髭は伸び放題で、落ちくぼんだ眼窩にはまった目は真っ赤に充血しており、近寄りがたい雰囲気を周囲にまき散らしている。少年は男を見た瞬間に、森の入り口で見かけた「あれ」とよく似た禍々しさを感じ取り、とっさにその場で後ずさりをした。
「少年よ」
似非修道士は頭頂部から発されるような甲高い、しかし平坦な声でナシルに呼びかけた。
「私は君を助けに来た」
ナシルは男の意図が理解できず、何度も目を瞬かせた。
ナシルの自宅も、他の家と同じように入り口も窓も中央の広場を向いており、背後から侵入することは困難だった。非力な少年にできることと言えば、家の壁づたいに這いずって、出来るだけ目立たぬように室内へと飛び込むことぐらいだった。
大きく深呼吸をしたナシルは、左手で自宅の壁を一回だけ触ってから、前のめりの姿勢で広場に飛び出した。それから、進行方向を急激に変え、肩で体当たりするようにして家の扉をくぐり抜けた。
ナシルの両親は、家の入り口と直結している土間にいた。二人とも、分厚い木で出来たテーブルの脇に、仰向けの姿勢で倒れていた。二人の顔面は無数の黒い精霊に覆われていた。そして、牧草地で倒れていた男のように、両手両脚を小刻みに痙攣させていた。
意味不明の叫び声を上げたナシルは、母親に駆け寄った。優しかった母親の頭部は黒い精霊のお陰で球状に膨れあがり、もはや原形をとどめていなかった。少年は、それでも母親の手を取って地面から引き起こそうとしたが、震える全身は棒のように硬直していて、息子の力では上半身を起こすこともできなかった。
自らの力では、母親を助けられないと悟ったナシルは、恐怖を紛らわすためにひたすら喚きながら自宅を飛び出した。隣家の応援を頼むつもりだった。
ひょっとしたら、隣家のおじさんは精霊の襲撃から逃れているかもしれない。家に身を潜めて、誰かの助けを待っているかも知れない。こうやって叫んでいれば、自分の存在に気付くかも知れない。そして、父さんや母さんから、あの黒くて禍々しい連中を追い払ってくれるかも知れない。
でも、おじさんに精霊を感じ取れる力があっただろうか? 精霊を感じ取れる力がなければ、父さんや母さんのように、精霊からの襲撃を無抵抗に受けてしまっているはずだ。でも、精霊の数がそんなに多いとも限らない。自分が見たのは運の悪い人達だけで、残りの村人は異変に気付いて家に閉じこもっているかもしれない。
とにかく、どんな手を使っても、父さんと母さんを助けなければならない。いざとなったら、ルプシィ・カカに手伝わせたっていい。少なくとも、あの生意気な妹には精霊が見えるのだ。
ナシルは皮を剥いだだけの木材で組まれた扉を引いて、転がるように夏の日差しに焼かれた広場へと飛び出した。そして、黄土色の乾いた地面の真ん中に、痩せぎすの見慣れない男が立っているのを視認した。
男は清貧の誓いを立てた修道士のように袖のない貫頭衣に身を包み、素足で地面を踏みしめていた。けれども、そのみすぼらしい衣類は真っ黒に染められており、無着色の貫頭衣を身にまとう修道士とは異なる存在であることは、幼い子どもにも容易に理解できた。
男の毛髪や髭は伸び放題で、落ちくぼんだ眼窩にはまった目は真っ赤に充血しており、近寄りがたい雰囲気を周囲にまき散らしている。少年は男を見た瞬間に、森の入り口で見かけた「あれ」とよく似た禍々しさを感じ取り、とっさにその場で後ずさりをした。
「少年よ」
似非修道士は頭頂部から発されるような甲高い、しかし平坦な声でナシルに呼びかけた。
「私は君を助けに来た」
ナシルは男の意図が理解できず、何度も目を瞬かせた。
0件のコメント
コメントの投稿
0件のトラックバック
- トラックバックURL
- http://toriyamazine.blog.2nt.com/tb.php/210-c3ebcfa3
- この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)