王様を欲しがったカエル
作家・シナリオライター・編集者を兼任する鳥山仁の備忘録です。
Entries
本日も推敲作業。これが終了した段階で、実写系作品のための撮影資材の選定と価格の確認を行う。今回はスタジオを借りずに自前でセットを作成する予定。そのために、バックドロップetcを用意する必要がある。スタジオを使用した際のレンタル料金の総額を下回る価格でセットを作成できれば問題ないだろう。
一通りの選定が終了した段階で、今度は新作のアイデアを練り直し。色々と考えた末に、最初に組み立てたプロットを破壊して、別の作品に使おうと思っていたプロットを編入させることにする。世界設定のアイデアとストーリーの組み合わせが悪かったのが理由で、ここにセンスがないと、単なる「空想世界ガイド」になり果てる(SF小説やファンタジー小説に散見されるしょっぱい現象ですな)ので要注意。
さて、話は変わって前回からの続き。近代の保守的な政治体制に異議を唱える政治活動と性的な嗜好には当初から密接な関連性があった。これは、近代社会において家父長制、あるいはイエ制度が主要な社会システムになっていたことと、宗教的倫理観による性的な嗜好の規制が原因である。
前者は家長、あるいはそれに類する男性が、家庭内の女性、すなわち娘や妹の恋愛や婚姻関係に介入をするケースが著しく多かったから生じた問題である。そこで、こうした因習に対して自由恋愛という女性の意思を尊重(?)した対立概念が唱えられていくわけだが、これは綺麗事では終わらなかった。要するに、自由恋愛をナンパの道具にする自称「活動家」が大量発生したのである。
たとえば、紡績工場の労働争議などはこの典型だった。初期の紡績工場には殖産興業の意図があり、工場に就労する女性も地域でそれなりの家柄の出自である場合が多かった。すると、普通に社会生活を送っているのであれば、彼女たちと知り合うきっかけすらないはずの「活動家」が現れて、ファック目的でオルグにかかるのである。資本主義初期の工場労働の職場環境が劣悪だった例に漏れず、多くの紡績工場の職場環境も酷いもので、早期の改善が必要とされたにもかかわらず、労働争議がなかなか成功しなかった理由の一つがこれで、女工の両親や親族が、ファック目的で近づいてくる「活動家」を信用しなかったのだ。そりゃそうだろう。
この手の「思想でナンパ・即ファック」の帝王がアナキストとして知られる大杉栄である。大杉は「自叙伝」を残しているので、当時の活動家としては比較的プロフィールがはっきりしており、ケーススタディとして説明がしやすい。本人の回想によると、入学した陸軍幼年学校で下級生と同性愛的な行為にふけり、これが原因で禁足処分。本人は下士官との相性の悪さが原因と弁解しているが、軍医からは「脳神経症」の診断を受けており、後に多数の女性と関係を持ったことからも、同性愛者というよりは精神疾患、あるいは先天性の脳疾患が原因のご乱行だったと解釈するのが妥当だろう。そして、やはり本人の弁によると、思想的な目覚めは幼年学校退学後で上京してからだったと言うから、思想が先じゃなくて頭の調子が(おかしくなったことの方が)先なのである。
この後に、社会主義者・アナキストとなった大杉は、この手の「活動家」の例に漏れず下半身もアナーキーになり、次々と志を同じくする女性と性的な関係を結ぶようになる。これが正気の同士から嫌われて、彼の元から賛同者が去っていく原因となった。挙げ句の果てに、ファック相手だった神近市子から痴情のもつれで刺されるという、いわゆる『葉山日蔭茶屋事件』の被害者となり、周囲からの信頼を完全に失う羽目になる。大杉は乱行を正当化するために、自由恋愛三箇条という自説を掲げており、その中には「互いの性的自由を保証する」という項目があったから、彼が何をやりたがっていた(というかやっていたか)は誰の目にも明らかだったのだ。
大杉は後に労働争議の盛り上がりとソ連誕生で人気を回復し、甘粕事件で殺害されたことによって神格化されるが、自由恋愛も含めてその実態はかなりナニだ。余談になるが、彼の最後の愛人だった伊藤野枝は、許嫁の家を飛び出して自分の学校の教師だった辻潤と関係を持ち、そこから更に大杉に鞍替えするという、こちらもなかなかナニな人物だった。伊藤は辻との間に乳児がいたのだが、大杉との関係が深まるにつれて、扱いに困って養子に出してしまっている。これは、当時でなくても批判を免れない行為だろう。
しかし、可愛そうなのは現在の大杉の信奉者で、私の知る限り、そのほとんどが非モテ。なんで、こんなことになってしまったかというと………。
(続く)
一通りの選定が終了した段階で、今度は新作のアイデアを練り直し。色々と考えた末に、最初に組み立てたプロットを破壊して、別の作品に使おうと思っていたプロットを編入させることにする。世界設定のアイデアとストーリーの組み合わせが悪かったのが理由で、ここにセンスがないと、単なる「空想世界ガイド」になり果てる(SF小説やファンタジー小説に散見されるしょっぱい現象ですな)ので要注意。
さて、話は変わって前回からの続き。近代の保守的な政治体制に異議を唱える政治活動と性的な嗜好には当初から密接な関連性があった。これは、近代社会において家父長制、あるいはイエ制度が主要な社会システムになっていたことと、宗教的倫理観による性的な嗜好の規制が原因である。
前者は家長、あるいはそれに類する男性が、家庭内の女性、すなわち娘や妹の恋愛や婚姻関係に介入をするケースが著しく多かったから生じた問題である。そこで、こうした因習に対して自由恋愛という女性の意思を尊重(?)した対立概念が唱えられていくわけだが、これは綺麗事では終わらなかった。要するに、自由恋愛をナンパの道具にする自称「活動家」が大量発生したのである。
たとえば、紡績工場の労働争議などはこの典型だった。初期の紡績工場には殖産興業の意図があり、工場に就労する女性も地域でそれなりの家柄の出自である場合が多かった。すると、普通に社会生活を送っているのであれば、彼女たちと知り合うきっかけすらないはずの「活動家」が現れて、ファック目的でオルグにかかるのである。資本主義初期の工場労働の職場環境が劣悪だった例に漏れず、多くの紡績工場の職場環境も酷いもので、早期の改善が必要とされたにもかかわらず、労働争議がなかなか成功しなかった理由の一つがこれで、女工の両親や親族が、ファック目的で近づいてくる「活動家」を信用しなかったのだ。そりゃそうだろう。
この手の「思想でナンパ・即ファック」の帝王がアナキストとして知られる大杉栄である。大杉は「自叙伝」を残しているので、当時の活動家としては比較的プロフィールがはっきりしており、ケーススタディとして説明がしやすい。本人の回想によると、入学した陸軍幼年学校で下級生と同性愛的な行為にふけり、これが原因で禁足処分。本人は下士官との相性の悪さが原因と弁解しているが、軍医からは「脳神経症」の診断を受けており、後に多数の女性と関係を持ったことからも、同性愛者というよりは精神疾患、あるいは先天性の脳疾患が原因のご乱行だったと解釈するのが妥当だろう。そして、やはり本人の弁によると、思想的な目覚めは幼年学校退学後で上京してからだったと言うから、思想が先じゃなくて頭の調子が(おかしくなったことの方が)先なのである。
この後に、社会主義者・アナキストとなった大杉は、この手の「活動家」の例に漏れず下半身もアナーキーになり、次々と志を同じくする女性と性的な関係を結ぶようになる。これが正気の同士から嫌われて、彼の元から賛同者が去っていく原因となった。挙げ句の果てに、ファック相手だった神近市子から痴情のもつれで刺されるという、いわゆる『葉山日蔭茶屋事件』の被害者となり、周囲からの信頼を完全に失う羽目になる。大杉は乱行を正当化するために、自由恋愛三箇条という自説を掲げており、その中には「互いの性的自由を保証する」という項目があったから、彼が何をやりたがっていた(というかやっていたか)は誰の目にも明らかだったのだ。
大杉は後に労働争議の盛り上がりとソ連誕生で人気を回復し、甘粕事件で殺害されたことによって神格化されるが、自由恋愛も含めてその実態はかなりナニだ。余談になるが、彼の最後の愛人だった伊藤野枝は、許嫁の家を飛び出して自分の学校の教師だった辻潤と関係を持ち、そこから更に大杉に鞍替えするという、こちらもなかなかナニな人物だった。伊藤は辻との間に乳児がいたのだが、大杉との関係が深まるにつれて、扱いに困って養子に出してしまっている。これは、当時でなくても批判を免れない行為だろう。
しかし、可愛そうなのは現在の大杉の信奉者で、私の知る限り、そのほとんどが非モテ。なんで、こんなことになってしまったかというと………。
(続く)
0件のコメント
コメントの投稿
0件のトラックバック
- トラックバックURL
- http://toriyamazine.blog.2nt.com/tb.php/36-586de1a6
- この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)