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ロリの静かな部屋

 仕事があまりにも忙しいので現実逃避願望が発動。積ん読状態になっていた書籍群を読みあさる。その中でも大当たりだったのが、『ロリの静かな部屋』(早川書房)の文庫版。2002年に発売されているから、かれこれ5年も積ん読状態だったわけだが、単行本版は1995年、英語による原板が1989年だそうだから読むのが遅すぎるね。しかし、これが素晴らしい。

 本書は10代後半で統合失調症にかかった聡明な少女、ロリ・シラーが、10数年の闘病生活を経て、(当時は)難治性統合失調症にしか投与されない劇薬クロザピンの力を借りて現実社会に戻ってくるまでのノンフィクション。数あるメンタルヘルスものの中で、この作品が特筆すべき点は2つ。1つは統合失調症の正確な再現性であり、もう1つは闘病記ものにありがちなお涙ちょうだい話がほとんどないところ。何故なら、ロリは文字通り幻聴と闘う日々を過ごしているので、自己憐憫が主旋律になり得ないのである。

 日本では精神病に対する偏見が激しいため、統合失調症の評価が極端に割れる。支離滅裂なキチガイ扱いされたり、その反対に「パーソナリティの一種」として軽く受け止められたりするわけだ。

 このような偏見がまかり通るのは、人間が集団で生活する生き物だという前提条件が欠けているせいだ。人間は犬やカラスと同じで、本能的に群れて行動する。そして、群れとして行動するための選択が自然環境を優越する。岸田秀の「人間は本能が壊れた生き物」発言は、性的な面のみをフレームアップした極論でしかない。人間にとって群衆としての行動が、性的な行動に優越しているだけなのだ。これを「本能が壊れた」とは言わないだろう。

 本書でロリの最終治療者となった女医が語っているように、統合失調症は群れて行動するための基本的な能力である、対他関係を認識・構築する能力を、前頭葉の機能障害という形で奪う。具体的には、他者と自分の区分けがつかないという症状に陥る。しかし、ここからが重要であるが、論理的な思考能力まで奪うことはない。つまり、統合失調症の患者は、自分と他人の区別がつかない状態で、論理的な思考をした結果として、奇矯な行動をとってしまうのである。いわゆる支離滅裂な行動をしているわけでもなければ、ちょっとした性格上の欠陥でもないのだ。

 ロリのケースでは、失恋の記憶を思い起こすことがトリガーとなって統合失調症が発症する。自分の思考が複数の声(幻聴)として聞こえ始めたのだ。彼女は自分が狂ったことを理解するが、これを超人的な克己心で大学卒業まで隠し通す。その理由は2つで、1つは両親の自慢の娘である自分という地位を失いたくなかったのと、もう1つは自分が狂っていると理解しているにも関わらず、それが病気だとは認識できなかったからだ。

 何故なら、彼女にとって幻聴は現実よりもリアルだったのだ。これが統合失調症の大きな特徴で、自分の考えた空想(フィクション)が現実の他者(リアル)を凌駕するために、他者の存在が幻想的になってしまう(多くの場合、それは無関心な対象か、憎悪、恐怖の対象としてたちあらわれる)のである。ロリのケースでは、トリガーが失恋の記憶だったために、幻聴は主に性的なものと自己否定の意味を帯び、売女、あばずれ、死ね、といった罵倒となって現れる。このシーンは圧巻で、複数の声に叩きのめされるロリの内面描写は、良質なヒロイックファンタジーに匹敵するものだ。

 同時に、本書は統合失調症のネガティブな側面の一つである破壊衝動や殺人衝動についても包み隠さない。ロリは感情の制御が不能になるたびに、破壊衝動を発揮して暴れ回り、自己憐憫の情が極限に達すると自殺未遂を繰り返し、恐怖や嫉妬の感情を契機にたびたび殺害計画を練り上げる。それは両親に始まり、同性のカウンセラーに向けられ、病気が薬物治療によって和らげられた後でも本書の共同著者に危害を加えようとする。あまりにもその感情が強いために、幼少期に犬を殺害したという偽りの記憶すらねつ造してしまう。

 だからこそ、彼女が致死率1~2%もあるクロザピンの投薬治療を志願して、これに成功するシーンは感慨深い。よく考えてみれば、単に幻聴が収まっただけなのだが、使命を果たして故郷に帰ってきた英雄のような風格を感じてしまう。

 さてと、そろそろ私も本に逃避せずに現実に戻らないと………って、現実が幻想になりませんかねえ。ならないか。

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toriyamazine

Author:toriyamazine
東京都出身。
高校在学中にライターとしてデビュー。
以降は編集者・ライター・ゲームディレクター・実写アダルトDVDの監督、そして作家を兼任。
仕事はSMポルノ関係全般で、小説、ゲーム、実写etc、アニメーションを除くすべてのポルノ作品を平行して制作。年間発表数は約6作品前後がコンスタント。
一般作に関しては、別名義、もしくはアンカーマンとしてのみ参加中。

追記・最近になってメールで連絡が取れないという非難が多く聞かれるようになったので、仕事用のアドレスを公開しておきます。
jjnewzine★gmail.com
です。★マークを@に変えて使ってね。

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